ぼっち大学生のメディアブログ

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【哲学】人生は自分次第?

 

 

人生って自分次第なんですかね?

それとも親に代表される外的要因なのか?

あるいは他の要因によって人の人生は決まるのか?

 

今日はそんな事についてつらつらと書いていこうと思います。

その話をする上で、2人の哲学者を引用します。

一人は、サルトルで、

 

 

サルトルとは - コトバンク

もう一人は、レヴィ・ストロースです。

 

kotobank.jp

 

20世紀の中頃、サルトルって世界中の若者から熱狂的な支持を集めていたんですよ。

もちろん我が国でも絶大的な人気でした。

日本の現代史に与えた影響も少なくはありません。

 

安保闘争ベトナム反戦運動など。

 

サルトルは人生についてこう言っています。

 

世界に存在するあらゆる物は、何らかの「本質」を

持って存在している。

例えば、ナイフであれば「モノを切るためのもの」といったように

何らか本質が存在している。

 

しかしただ人間だけがその限りではない。

人間は本質を持たずに生まれてきた唯一の存在である。

 

確かにそうですよね。

私たち人間は「なんのために生まれてきたのか」や

「何をするための存在なのか」など知りえません。

 

だからサルトルは、

「自分」という存在は自由なものである。

自由な存在である「自分」は自己責任で積極的に世界に参加すべきだ。

と言っています。

 

つまり、

自由に生きることができる代わりに、自己責任で自分の人生を生きなければならない

ということです。

 

これがいわゆるサルトルの有名な、

「人間は自由の刑に処されている」の意です。

 

簡単に言っちゃえば、自立して生きようよって事です。

物質的に満たされ生きる意味について悩むようになった

戦後の若者にこの考えは非常に人気となりました。

 

すると、そこに異を唱える男が現れました。

サルトルの「一人一人が積極的に社会に参加し、歴史を築き上げていくべきだ!」

との主張に対し、

人間の行動や思想は『構造』によって規定されているから

そのような事は不可能だと反論した。

 

これに対して、サルトルは「構造主義なんてのはブルジョワのたわごとだ!」

と馬鹿な反論をして急速に支持を失っていきます。

kotobank.jp

 

うん、まあ確かにレヴィ・ストロースの言っている事は正しいかもしれませんよね。

私たちの思想や行動は自ら欲するものではなく、様々な要因から影響を受けています。

 

でもさ。でもやん。

サルトルの言っているように、

人間の行動はそれぞれ自分の意志で決めることができるっていう考えの方が

生きる意味を感じられるじゃないですか。

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仮に、レヴィストロースの主張が正しかったとして、

それじゃあ私たちはどうすればいいのでしょうか?

 

みなさんはどっちの主張に惹かれましたか?

 

良かったらコメントください。

読んでいただきありがとうございました。